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三綱領・黌歌


三綱領



生かせ三綱領


今一度望む本黌の理念
-徳・体・知のもとに-


明治15年、開黌と同時に制定された三綱領。根本精神は変わらないとしても、今に即した解釈は、是非欲しいものである。

(1)三綱領制定
開黌と同時に制定し、戦前までの済々黌に在学した人にとっては、教育勅語と同じ比重で、いやある意味ではそれ以上の絶対的なものとして、受け取られたに違いない。いわゆる"校訓”の一種ではあろうが普通一般の校訓とは大いに異なる。
帽子の“キナ線(黄線)”や伝統のスパルタ教練を“肉”として育つたとすれば三綱領はまさに“血”―済々黌そのものとして、生徒にたたき込まれてきた。
三綱領は、明治時代の学校であればごく普通の内容であろうが他校とちがった受け取り方をしたのはなぜか?三綱領は校訓ではなく、開学以来の主義であり“決まり”なのだ。間違うことは許されない。「悪い事をすると職員室に座らされるだけでなく、三綱領を唱えさせられた」とは卒業生の懐古談によく出てくる話である。

(2)三綱領の解釈
第1条 正倫理 明大義(倫理を正し大義を明らかにす)

この第1条は三育の徳育の柱である。倫理とは人間相互の間にある秩序であり、人のふむべき道である。すなわち、親子、兄弟、夫婦、朋友など家庭や社会の正しい人間関係をいったのである。日本人としての自覚をもって、日本民族の歴史と伝統を尊び、祖国を愛し、同胞を守り、更に進んで国際信義を重んじ、人類愛の精神をもって世界の平和と人類の幸福に貢献するなど現代流の大義ではあるまいか。

第2条 重廉恥 振元気(廉恥を重んじ元気を振ふ)
この第2条は三育の体育の柱である。廉恥は心清く恥を知る事である。恥を知ることは日本人の伝統的美徳とされている。元気の字義は活動の根本となる気力または勇気である。ただし蛮勇粗暴は真の元気ではない。元気は為すべきは猛然として為し為すべからざるは断乎として為さざる勇気である。そして真の勇気は廉恥を重んずることによって生まれる。格言にいう、自ら省みて直くんば、千万人といえども吾行かんの気概である。これを歴史的に見れば武士道精神の粋を採用したものである。口ーマの諺にもあるように、健全なる精神は健全なる身体に宿るのであって、創立当初から徳育、知育と並んで体育を重視し、質実剛健の気風養成に努めた。

第3条 磨知識 進文明(知識を磨き文明を進む)
この第3条は三育の知育の柱である。学校の綱領としてはあまりに当然すぎるような目標と思われるが、これこそ第二条と並んで文武両道をあらわし、徳育、体育と並んで三育併進に深い意味を包蔵するものである。歴史的には明治初期の文明開化の風潮を反映した箇条といえるだろう。
五箇条御誓文にも「知識ヲ世界ニ求メ大イニ皇基ヲ振起スヘシ」とあるが、当時の官民挙げての旺盛な知識欲と欧米文化摂取の有様を示すものである。済々黌が創立当初よりこの方面でも大いに力を尽くしたことは『済々黌規則』に見られるように次々に改正された教育課程によって自肯できるが、また卒業生の中から政治、外交、経済、思想、文化各界に幾多の人材を輩出していることにより立証される。


黌歌


山 形 元 治 作詞
猪 瀬 久 三 作曲

一 碧落仰げば偉なる哉  渦巻く煙幾百丈
  世界一てふ大火山  我等の意気を示さずや
  銀杏城東龍山の  翠を占むる濟濟黌
  滾々尽きぬ白川に  宏壮偉大の影うつす

二 往昔懐へば遠き哉  同心の友集りて
  道を講ずる一茅舎  金石透す赤誠の
  心筑紫の杜鵑  声は雲井に聞えてや
  恩命一下我黌の  無比の光栄銘せよや

三 終始一貫渝らざる  教は知れよ三綱領
  清明、仁愛、剛健の  三徳之れがもとゝなる
  ふりさけ見れば碧万里  朝暾出でんず大海原
  宇宙の偉観清新の  景趣はやがて我理想

四 あゝ藤肥州の領せし地  あゝ感公の治めし土
  無限の恩沢に民浴し  流風余韻尚存す
  歴代菊池の忠烈は  栄を桜花と競ふなり
  天地万象皆わが師  進まん理想の目標に



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